初心を思い出す

今日は日曜日ですが(そんなの関係ねぇ)仕事していました。仕事帰りの0時過ぎ。お気に入りのバーに行くとお客さんは誰もいませんでした。そこで店員さんと話すうち今ある自分は何を思って"今"になろうとしたのかを思い至るになりました。
そうだよね、そうなろうとしていたんだよねと再確認して今をより目指す先へと向けなければと強く思いました。忙しいと忙しい…と忙しい自分に酔ってしまったり、忙しいからと他の事を考える時間はないよねなどと言い訳してみたり。いわゆる忙しさに胡坐をかくという状況になっていたなと思いました。そう思うと実は全然忙しくない。全然必死ではない。この忙しさは自分で考えた忙しさであり考える時間が無いという呪文を唱えるためにしていたんじゃないかと自己嫌悪に陥りました。

くそっ、全然がんばれてないじゃないか。頑張ろうと思えばもっともっと頑張れるじゃないか!寝ているじゃないか、休んでいるじゃないか、時間はあるじゃないか。と思いました。なんか悔しくて仕方が無い。熱かった気持ちはいつのまにか目の前のことで一杯一杯になり、前へ上へと思う気持ちが冷めていたと思います。

初心に返るという言葉はたくさん見るけれど(意味として本来は初志が正しく初心は誤用らしい)、初心とは初動を支えた気持ちであり力強く熱い気持ちだったなと思いました。今ある私は自分の行動の結果現れた自分であり、現状に不満があるならそれは自分がどっかでさぼった事だと私は思っています。やろうと思えば自分が思う事なんて実現できる。私は自分が想像できない姿を目標にすえたりはしていないので、自分が目指している事が実現できないのは自分のせいだと考えます。3月になれば…などという先に起きるで"あろう"事に期待している時点で駄目なんだと思います。期が変われば…来年になれば…この仕事が終われば…そんな事を思う時点で逃げているんだなと思いました。

私は現状に少なからず不満を覚えています。それだけさぼっていたんだなと反省する機会を得ました。まぁ事実さぼってます。。。

私にはやりたい事があります。やりたい事に対して得たい結果があります。結果の後に実現したい事があります。そして個人的に成し遂げたい小さな夢があります。夢についてはこの日記で記したかもしれませんが、ほんとにちっぽけです。明日にでも実現できるかもしれません。だけれど実現しようとしない限り実現はしません。よって明日は絶対にその夢が実現する事はないでしょう。あさっても実現する事はないでしょう。今は"いつか実現するだろう"としか思ってないのでいつまでも実現しないでしょう。

その到達点はいくつも設定してあり、ちっとも到達していません。まず目の前に設定している到達点へたどり着くためにも明日仕事をします。ただ、昨日と違うのは仕事への取り組む気持ちがもう少し先へと向いていることです。何をしたいのか?その答えを持ってない事はそれはそれでいいと思います。いつまでに持っていなければいけないというものでもないですから。ですが、持ってしまった以上全力で目指そうと思います。全力でなくても誰も責めないでしょう。やりたきゃやればいいじゃん。そんな自分の言葉が今は身にしみます。明日はがんばるぞ!